M.Tさん

永田さん、月日が経つのは早いもので娘は2歳半になりました。その節は大変お世話になりました。

妊娠中は経過が順調だったため、まさかこのようなお産を迎えるとは想像もしていませんでした。今回の体験が少しでも皆さんのお役に立てれば幸いです。

 

なぜEVKに?

自宅からはマリエンホスピタルが最寄りでしたが、妊娠当時39歳の高年だったため、出産時に何が起こるか予測できないということで小児科のあるEVKに決めました。またEVK産科見学の際に日本人の助産師(まさしく永田さん)がいらっしゃると知り、何と心強いことかと興奮したのを覚えています。通訳者の越村さんにお会いしたのもこの時でした。

 

妊娠中

悪阻は1、2度ひどい眩暈と吐き気があった程度で、全体的に平穏な妊娠生活を送りました。当時フルタイムだった仕事も業務に支障をきたすことなく産休を迎えました。婦人科での定期健診も毎回順調で、きっと出産もこのままスムーズにいくわ、と思い込んでいたのですが。

 

出産予定日を過ぎて

困ったことに予定日を過ぎてもお産の兆候が全くありません。焦ってウォーキングやアパート内の階段を上り下りしましたが変化なし。予定日を10日過ぎた健診で、「羊水が減ってきているので入院して出産しましょう」となりました。

 

陣痛促進剤を打って

入院当日、朝7時に病室に入り、分娩室で陣痛促進剤を膣内に注入しました。病室に戻り数時間ごとにCTGのために分娩室へ向かいます。弱い陣痛のようなものを感じるものの我慢できる痛み。一度目の注入から数時間後に、二度目の促進剤を注入しました。その直後に大激痛が。陣痛アプリで間隔をみると2、3分ごとに強烈な痛みがやってきます。あまりの痛みにこれはたまらんと分娩室に向かいました。ベルを鳴らして扉が開くのを待ちますが、「立て込んでいるので少し待ってください」とインターホンから返事がありました。地べたに寝転んでもがきたい気持ちをどうにか抑えて15分ほど待った頃でしょうか。ようやく分娩室に入ることができました。あとで永田さんから聞いた話によると、この日はお産が立て続けにあり助産師の方々は大忙しだったそうです。

 

それでも開かずの子宮口

こんなに痛みがあるのだから、子宮口はしっかりと開いているだろう。しかし、実際は4センチしか開いていませんでした。痛み=子宮口開く、わけではないのだなと驚きました。助産師の方に痛み止めを施してもらいそれが和らいだ時のほっとしたこと。そしてPDA(無痛分娩)を勧めてもらったので即答でお願いしました。助産師の方は、毎回何かの処置をするたびに「今から~しますね」と穏やかな声でそして簡潔に説明してくれました。部屋の照明が最低限だったことも心理的に落ち着きました。しかしその後も「産気づく」ことはなくただ痛みに耐える時間が過ぎていきました。

 

いざ帝王切開

入院から24時間が経った午前8時頃、先生がやってきて状況を確認し、母子の状態から緊急帝王切開が決まりました。早く娘を出してあげないと、と思う一方、もう少し粘りたい、お股から人間が出てくる経験を味わってみたい、だけど先生が決めたことだから仕方ない。携帯電話から姉に、「今から帝王切開、お父さんたちに伝えておいて!」とだけメッセージを送りました。手術が決まるとあっという間に準備が進められました。これからお腹を切る怖さを考える時間もありません。麻酔が効いているかは、スプレーを肌に振りかけてそれを感じるかで確認しました。手術チームの方々が代わる代わる励ましてくれました。お腹を強く押されるような、引っ張られるような衝撃を二度受けた直後、娘が取り上げられました。正直、産声を聞いたかどうかは覚えていません。ただ永田さんが「女の子ですよー!」と言って私に見せてくれた瞬間を覚えています。「あぁー終わった」と思っていると突然貧血のようになり吐き気を催しました。「吐きそうです」と伝えるとサッと紙を敷いたお皿を差し出してくれました。結局吐き気はすぐに収まりました。縫合が終わり手術室隣の部屋に移動すると、が上半身裸で娘を抱いていて、これまで泣く姿を見たことのなかった夫が静かに涙しているのが分かりました。

 

麻酔の切れた後

とにかく痛かった、です。翌朝看護師さんが部屋に来て、昨日から着たままの血で汚れた入院着を替えてくれました。そして私の体を起こし洗面所まで連れて行ってくれ、汗と涙でボサボサになった髪をとかしてくれました。そして「さぁ、顔を洗ってさっぱりして」と。手術後初めてベッドから起き上がった時の痛みといったら、例えるなら、釣り針で傷口の両サイドをぐいっと引っ張られているような感じです。これまで味わったことのない痛みで泣きたくないのに涙がボロボロ、出したくないのに獣のような雄叫びが自然と出てしまいます。驚いたのはお産翌日に、突然病室に理学療法士と思われる方が産後エクササイズを教えにきました(来てくださいました)。激痛なのに今⁉これは何かの罰なのか?と思ったほどでしたが、とても為になった事が一つ、帝王切開後ベッドから起き上がる際の痛みの対処法として、厚手のタオルを小さく畳んで傷口にグッと抑えながら身体を起こすと痛みが軽減するという方法です。この動作はのちに痛みが和らぐまでとても役に立ちました。

 

泣き止まない娘

産まれたばかりの赤ちゃんは、ずっと寝てくれるものだと思っていましたがそうではないのですね。これには個人差があると思いますが、娘は泣いてばかりでほとんど寝てくれませんでした。逆に同室の赤ちゃんはとても静かだったので娘の声で起こしてしまうのではないかと心配になり、私自身ストレスを感じました。初めから個室を予約しておけば良かったです。

 

体温が低い

産後は勿論のこと毎日検温がありますが、そこで何度か娘の体温が低いことを指摘されました。先生と看護師が部屋に来て娘の体温表を提示し、このままだと入院になってしまうからできるだけ温めるようにといった指導を受けました。私としてはカンガルーケアなど出来ることをしているのに何だか責められているような気がして悲しかったです。

 

娘、入院する

結局、体温が低いことが原因で退院の指標となるU2をパスできず、入院することになってしまいました。娘は8階の小児病棟へ移動します。私はとてもショックで思わず分娩室にいる永田さんに会いに行き、これまでの経緯を聞いてもらいました。この時永田さんは病院側の目線というよりは、まるで自分のことのように一緒に悲しんでくれました。相手の気持ちを想像して理解し、その立場になって考え言語化することは容易なことではありません。永田さん、あの時はほんとうにありがとう。

 

忘れられない時間

授乳をするため小児病棟へ向かうと保育器の中で娘が寝ていました。新生児の状態にもよるかと思いますが、私の場合は、娘につけられているモニターの着脱からオムツ替え→体温・体重測定→授乳(母乳が足りなければミルクを追加)→再度体重測定を自分で行いました。ここで、授乳の仕方、オムツ替え、服の着せ方など看護師の方から沢山のことを教えてもらいました。なにせ当時は娘の腕を袖に通すことさえ四苦八苦していましたから。

娘の入院がどのくらいになるのか不明だったため、私は一旦自宅へ戻り、授乳をしに病院へ通うことにしました。私自身も病院に滞在する選択肢もありましたが、とにかく家に帰りたい気持ちが大きくかったためです。夜間を除き(自家用車がないため)4時間ごとに授乳をしました。自宅と病院の往復はボロボロの身体にそれは堪えましたが、とにかく必死でした。また、娘の隣には一日違いで産まれた女の子が入院していて、自分と同じく疲れ切った姿で授乳をしにやって来るお母さんは戦友のようで私の励みでした。のちに互いの家が近所であることがわかり、今でも公園で仲良くしています。

 

よく頑張った!

娘が適正な体温を維持できることで保育器の温度も下がっていき、出産から11日目、ようやく退院できることになりました。ほんとうに嬉しかったです。入院が決まった時や入院中は、通訳の越村さんが病院から聞いた娘の状態やどの程度の入院になりそうだなどといった事を教えてくださいました。こうしたフォローをしてもらえるとは思っていなかったのでとても有難かったです。

 

振り返り

・婦人科での最後の健診時、先生が「子宮口まだしっかり閉じているね」と言うのを良いことだと解釈していました。もしこの時、のちに苦しむことになる陣痛促進剤をできるだけ使わずに産気づかせるための方法、もしくは私自身で何か出来る事があったのなら知りたかったです。

・陣痛で苦しんでいる時、永田さんが私に「いきみたい感じがしますか?」と聞きました。私の場合、結局「いきむ」という感覚が最後まで分からずじまいでした。

・お恥ずかしながら、赤ちゃんを抱っこしては帰宅出来ないと退院時に知りました。当時まだベビーカーを購入しておらず、大慌てで知人に連絡を取ってMaxiCosiを借りました。

・妊娠後期に現れた症状である、手の痺れ(&夜中曲がった指が戻らず自分で一本ずつ戻していく)、耳管開放症(耳鼻科に行っていないので推測)が、2年半たった今でも少し残っています。

 

最後に

お産を控えているお母さん、赤ちゃんが自分の身体から分離した瞬間から、それはそれは大変な育児が始まります。特にドイツで出産されるということは、ご両親やご兄弟姉妹が近くにいらっしゃらない方がほとんどなのではないでしょうか。私もその一人でした。産後に自宅訪問をしてくれるヘバメは見つからず、夫は仕事で他国へ行かなければならず、ほぼ一人での育児。さらに、世界は新型コロナのパンデミック真っ只中でした。

辛いことや不安なことがあった時は、あまり自分を追い詰めないで周囲に助けを求めてください。たとえ答えや成果が出なかったとしても誰かと話をすることで苦しい気持ちが和らぐはずです。皆さんが無事にご出産されますように、心から応援しています。

M.Tさん

お忙しい中、大作を送ってくださりありがとうございます。

私がM.Tさんを担当させていただいたのは、分娩誘発→陣痛開始後の翌日朝からでした。予定日超過のチェックのために事前に何度かEVKに健診にこられていたため、M.Tさんとご主人さんとは事前にお会いしていました。ですので、私の勤務でお二人のお子さんの出産に立ち会えそう!ととても嬉しく思ったのを覚えております。一晩かけて子宮口が8cmくらいまで開いていたと記憶しています。ただ、子宮内感染兆候が上がってしまったのと子宮口がなかなか開かず赤ちゃんの頭の位置がまだ高かったので帝王切開での出産にすることが決まりましたよね。(何度もいきみたい感じを聞いていたのは、赤ちゃんが下がってきているかという目安にするためでした…焦らせてしまってごめんなさい汗) 分娩誘発・陣痛開始・帝王切開というフルコースの出産だったにもかかわらず、初めて家族3人で過ごされている分娩室での時間が穏やかで優しさで満たされていたことを今でも思い出します。

産後は、本当に大変でしたよね。赤ちゃんのことと自分のこと。壮絶な産後の生活でしたが、M.Tさんのひとつひとつ課題を明確にし、それを着実にクリアされていった頑張りは見事でした。そんな赤ちゃんだった娘ちゃんも今や2歳半!すくすくと大きくなっていると聞き、とっても嬉しいです。

この体験記によって励まされる方々が数多くいると思います。これからお産される方達は37週0日以降は産まれて良い時期(正期産)になりますので、かかりつけの婦人科医と相談しながら心身共に準備を進めていってください☻ 永田より

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